受け取ったのだから手放さないで

2026/02/01(日) 公現後第四主日礼拝

ガラテヤの信徒たちへの手紙

(説教第14回)4章12~20節

説教:「受け取ったのだから手放さないで」

 上田彰牧師

 

*「旅人」を受け入れる

 かつて留学中に、留学生向けのドイツ語の授業にいろいろな国からの学生が集まり、授業の中でお国自慢をしていました。あるアルバニア人の留学生が、自分たちの国には素晴らしい文化がある、といって誇らしげに語りはじめます。彼はこう言うのです。「私たちの国では、旅人を受け入れることは神聖な義務とされている。旅人は神様の使いであり、もし本人が希望するなら、一ヶ月でも大切にもてなします」。これはアルバニアだけの文化ではなく、東ヨーロッパ全体に広がっている文化だと感じています。私自身、ルーマニアに住む知人から、「ぜひ私の故郷に来てください。最高のもてなしを約束します」と熱烈な招待を受けたことがあります。彼らにとって見知らぬ客人を迎え入れることは、単なるマナーではなく、自分たちのアイデンティティであり、誇りなのです。

 

 アイデンティティを受け継ぎ、国ぐるみでの信仰者としての誇りを次の世代へと継承する。この業を、パウロは王様の家族のたとえで前回の箇所で説明しました。ヘロデ大王にはヘロデ・アンティパスという息子がいました。彼は12歳になるまで、家の家来の子どもたちは彼と一緒に勉強をすることが許されていました。教師は、後見人と呼ばれる家庭教師です。アンティパスと一緒に机を囲んだ一人に、後にアンティオキア教会を支える重要人物、マナエンがいます(使徒言行録13章1節)。幼いアンティパスには一つのルールが課されていました。それは他の同級生と一緒にいるときに自分の父親を見ても、お父さんと呼んではならず、大王様と呼ばねばならない、というルールでした。まだ財産相続の資格も持たない12歳までは、アンティパスはただの子どもでした。そして13歳になったところで、彼は後見人に専属の家庭教師になっても来、本格的な帝王学を身につけます。ローマ帝国の属国の王様として、受け継ぐべき財産を数多く持っており、その正しい管理のための勉強をするのです。

 パウロが語りかけているガラテヤ教会の人たちもまた、財産を持っていました。その財産とは、信仰という名の誇りです。前回は、父なる神にアバ父よと呼びかけるという、祈りの権利、信仰告白の権利についてパウロが語っていたところです。

 

 今日はもう一つ、パウロがガラテヤ教会に気づいてほしい、信仰という名の誇りのもう一つの側面について語ります。それは旅人を受け入れるという側面です。

 そしてそこには、葛藤もありました。ガラテヤ教会が、その財産の価値に気づいていない、いや忘れかけていることから来る葛藤です。パウロとガラテヤ教会の間には、一方で熱烈な友情がありました。しかしそれを引き裂こうとする「新しい客人」もいたのです。ガラテヤ教会が葛藤の内にあり、そして同時にそれ故にパウロもまた苦しんでいる様子が描かれています。「祈る権利」に続いて「受け入れる務め」について語るパウロに聞いて参りたいと思います。

 

 彼は今日の箇所を、思い出話から始めます。ガラテヤに最初に訪れたとき、現地の教会の人々が自分をどのように「受け入れた」かを回想しています。使徒言行録16章を見ますと、パウロのガラテヤ訪問は、綿密な伝道計画の結果ではなかったようです。むしろ、パウロは別の地域(アジア州)で御言葉を語ろうとしていましたが、「聖霊によって禁じられた」というのです。この内容はよくわかっていませんが、一説にはアジア州に一度足を踏み入れたものの、その地域の気候がパウロの体に合わず、病気になってしまい、やむなくガラテヤ州を通った、という説があります。つまり、ガラテヤ教会を訪れたのは、いわば「行き止まり」に突き当たった結果の、やむを得ない訪問だった、そして彼はこの箇所をただ通過だけするつもりだったのです。

 当時のパウロは、体調を崩し、歩くのもやっとであったということが想像されます。そしてガラテヤでついに床に伏せる様になってしまいました。ガラテヤの人々の前に現れたパウロの最初の姿は、本当に弱々しいものでした。体調を崩し、おそらくは目も腫らし、力なくかろうじて座っているような、あるいはむしろ横たわっているような、みすぼらしい一人の「病人」でした。パウロは目にかんするハンディキャップを負っていた様で、特にガラテヤ書では「目」にかんする記述が多く出てきます。例えばこの手紙の最後の方では、大きな字で書いている、と言っており、体調が悪くなると視力が落ちたのかもしれません。ガラテヤ教会の人たちにとってパウロとは、まばゆい光に包まれた偉大な宣教者、などというイメージからはほど遠い人物でした。

 

*弱さとして現れる福音

 

 私どもは普段、立派な身なりをし、力強い言葉を語る人の言うことを信じます。丁度今は選挙期間ですが、候補者は皆、立派な身なりをし、力強く何かを語ります。その姿を見せることこそが当選の原動力なのだ、と思っているのでしょう。私どもも、いくらかはそう思い込まされている節があります。そしてみすぼらしく弱り果てた人の言葉を聞いても、どこか疑わしく感じ、さげすんでしまいがちです。

 ところが、ガラテヤ教会の人々は違っていたというのです。パウロは14節で「私の身をさげすんだり、忌み嫌ったり(唾を吐いたり)せず……神の使いであるかのように、キリスト・イエスであるかのように、私を受け入れてくれました」と述べています。当時の文化では、病気や不幸な人を見て、その「災い」が自分に移らないように、つまりは魔除けとして、「唾を吐く」習慣がありました。病気とかみすぼらしさからは距離を取りたい、できるだけ離れたい、と考えるのが当然の文化の中にいたのです。しかし、ガラテヤの教会のメンバーはパウロに対して、唾を吐く代わりに、熱心に看病し、支えました。自分の「目をえぐり出してでも」とパウロは当時の彼らのもてなしぶりを思い出します。これは当時の、深い友情を示す物の言い方のようですが、目に肉体的課題を抱えていた彼にとっては、深い献身の姿勢もって介抱された思い出と結びついています。

 

 パウロはそのときの彼らの受け入れをもう一度思い出し、彼らを説得するのです。あのとき受け入れたのは何であったか、ただの「人間パウロ」だけではなかったはずだ、というのです。実際、ガラテヤ教会の人たちは、割礼によらない福音をパウロ訪問を通じて受け入れたのです。ガラテヤ教会には、一方では割礼を受けてから洗礼を受けた信仰者がおり、他方では割礼を受けないで教会員になった者がおりました。そのような状況で、彼らは目の前にいる「弱り果てた病人」の語る言葉の中に、真の福音を見出したのです。

 あなた方は神の子として、受け取るべき財産があると語るパウロ。それは「アバ父よ」と語りかけて祈ることができる権利、父親が自分の目の前を通ったときに、父さんと呼びかけて良い年齢に達したとき、息子には様々な財産を受け継ぐ権利が生まれ、同時に今まで後見人であった人から帝王学を学び始めます。自分が受け継ぐ財産をきちんと管理できるようになるための勉強です。財産を受け継いだら、好き勝手に使ってよいというわけではありません。財産を忠実に管理するために、身分の高い家の息子には専属の家庭教師がつけられたのです。キリスト教的に言えば、その勉強のはじめには、祈り方の学びがあったということになります。神様に対して何と呼びかけて祈れば良いか、「アバ父よ」と祈ることから財産相続人にふさわしい歩みが始まります。

 

 本日の箇所から見えてくる「相続」のもう一つの意味は、「旅人を受け入れる務め」です。ドイツの教会で驚くのは、礼拝堂の大きさばかりではありません。その隣にある牧師館の大きさにも驚かされます。一度旅に出たときに訪問先の教会で牧師館に招かれ、一晩宿泊することになりました。ドイツにもまた旅人を受け入れる文化があることになります。招かれて最初に、牧師館の中の全ての部屋を案内されます。その意味は、客人としてここにとどまっている間、この建物の全てをあなたは使って良いのだ、というメッセージです。そして驚いてしまったのは、部屋の数が10部屋あったということです。聞いてみると、昔の牧師は子だくさんで、10人ぐらいいることは普通にあった、今はそれほど使わないので、ミシン部屋とかまである始末だ、しかし客人が泊まる部屋は大事にしている、というのです。大きな家を相続するというのは、旅人受け入れる務めをも相続する、ということです。そしてパウロは、その務めを忠実に継承する者たちによって受け入れられました。つまりガラテヤ教会の人たちは、弱々しい病人を、神様の使いとして受け入れる、聖なる務めを果たしたのです。

 そしてパウロによれば、その姿は同時に、「弱さの形を取って現れる福音を、そのまま受け入れた」ことになるというのです。パウロが元気でなかったことは、伝道者としては「失敗」だったかもしれません。しかし、そのパウロを通じて語られた言葉を通じて、ガラテヤ教会の人たちは福音に目覚めました。当時教会の中にあった、割礼を受けてから洗礼を受けるか、ただ洗礼だけを受けて信仰者となるか、という論争は、何かの条件をクリアしないと教会に行ってはいけないのか、それともキリストを信じるということ以外には何も要らない、ただイエス様があなたを受け入れたということだけを信じて教会に連なっても良いのか、という問いへの最終解決がパウロの説教の中にあると気づいたのです。神様はパウロが失敗した、弱い姿でしかガラテヤ教会に姿を見せることが出来なかった、そのパウロを通じて、福音をガラテヤの地に根付かせました。彼らがパウロの弱さをさげすまずに受け入れたとき、彼らは同時に「割礼をしなければ救われない」というような立派な条件付きの宗教ではなく、「ただ弱さの中で十字架にかかられたキリストを信じる」という、福音の本来の姿を、その手で受け取ったのです。先日の説教の話と合わせて申しますと、心でキリストを信じていれば、身なりと生活習慣だけはユダヤ教のふりをしていてもいいではないか、という便宜的ユダヤ主義者の主張は、いつの間にか条件付きの信仰になってしまっていたということなのかもしれません。あるいはもっと現代に引き寄せていうならば、お金を稼ぎ立派な身なりが出来る様になってから教会に来るか、貧しい姿のままで教会に来るか、ということにもなるかもしれません。

 

*視線の変化:羨望から嫉妬へ

 パウロはこのガラテヤ教会に宛てた手紙の中で、「目」という言葉をよく使います。少し戻りますが、3章1節で「誰があなた方を惑わしたのか」と語ったとき、それは嫉妬という悪い目で物事を見ることで、十字架が見えなくなっている、と語っていたのです。

 ここでも「目」が重要なキーワードになっています。パウロは、自分を見つめる視線が、良い目から発せられていた、と思い出を語ります。これは心の目で客人を見ていた、と言い換えられます。パウロを神の使いとして、その瞳の中に自分たちの命をも捧げようとした人々です。そしてパウロが語る福音を通じて、その目は輝きを帯びる様になりました。これがパウロの思い出として語られています。

 しかし今は、その目が再び濁っているのではないか、と問いかけます。パウロの所に報告が来ているのです。教会には「新しい客人」が現れたようです。そして彼らをも神の使いとして受け入れました。エルサレム教会から来ている客人を神の使いとして受け入れないはずがない、というガラテヤ教会の言い分もわからないわけではありません。しかしパウロは思うのです。客人を受け入れることと、客人の言葉を鵜呑みにしてそのまま受け入れることとの間には違いがあるのではないか。新しい客人が、エルサレム教会の事情をそのまま話して、それに触発された人たちが、ユダヤ主義者という、本来教会とはなじまないはずの考えに染まっていきました。少数だったようです。しかしその言葉には説得力がありました。キリスト教という新興宗教に対する弾圧が起こり始めていた時期です。そこで、便宜的に自分たちをユダヤ教の一派であると名乗ることにしよう。それにふさわしい見てくれ、例えば生活習慣を取り入れることにしよう。こういった便宜的ユダヤ主義者が生まれたのです。パウロが立ち去った後、成人になるための道のりを歩み始めた教会が、再び迷いの内に陥るのです。パウロの説教は印象深いものでした。それ故に、ガラテヤ教会に生まれた便宜的ユダヤ主義者は、パウロの評判をおとしめることで、自分たちこそが教会を守る立場なのだと言って巧みに教会員の心を操りました。パウロは私たちの「敵」だ、という過激な評価もパウロの耳には入っていました。

 

*「形作られる」という自由への戦い

 パウロは、この危機に対して「私の子どもたち、私はあなた方を再び産もうとして、苦しんでいます」と叫びます(19節)。

 一度産んだはずの子を、また産もうとする。これはパウロの言葉にできないほどの苦悩と、そして深い愛の表現です。彼は「もう勝手にしろ」と突き放すことはできません。成人したのだから自分の羽で好きに飛び立ちなさいとは言わないのです。かつて病床で福音を説いて生まれた教会。共に福音の産声を上げた家族のことを突き放すことは出来ません。

 

 パウロが願っているのは、あなた方の内に「キリストが形作られる」ことだと語ります。この言葉は、いも虫が蝶へと姿を変える、あの劇的な変化を思い起こさせます。蝶になった以上、地面を這い回る芋虫でも、蛹の中にもとどまっていません。自分の力で、広い空へと飛び立つ蝶です。そんな教会を思い浮かべながら、自由になったからこそ、一つの問いかけを彼らにパウロは投げかけるのです。それは「誰を手放さないか」という問いです。

 ユダヤ主義者の声に従って、規則という名の蛹に戻ることは、一見「正しい」ことのように見えますが、それは福音の死を意味します。パウロは言います。「かつて私のみすぼらしい姿の中に神の恵みを見たあの初心に立ち帰りなさい。受け取ったその自由を、決して手放してはならない」。パウロは「敵」というユダヤ主義者の言葉と共に、彼らが教会を「引き離そうとする」と17節で語っています。教会を何かから引き離そうという画策があります。一体何なのか、パウロははっきり書いていません。引き離そうとするのは福音からなのか、パウロからなのか、それとも十字架からなのか。そのどれかではなく、全てであるのかもしれません。もはやガラテヤ教会はパウロを敵と見なすことはなくなりました。引き離されただけであれば、また受け入れ直せば良いのです。こうして、ガラテヤ教会は信仰という名の財産相続に目覚めていきます。

 

 この呼びかけを通じて、私どももまた「相続」したいと思います。キリストを相続し、先達の信仰を継承し、キリストの十字架を受け入れたいと祈ります。「弱さ」と「死」を通じて、そこから溢れ出す「復活の命」を見出したいと願うのです。