出て行って全ての民を主の弟子に

2021/08/01(三位一体後第九聖餐主日 マタイ138回最終 

28:16以下 「出て行って全ての民を主の弟子に」(上田彰)

 *「青年」の誕生

 YMCAという組織があることはご存知であるかと思いますが、その意味するところというのは世代によってかなり異なっているのではないかと思います。ある世代の方は、大学に合格せず浪人した人が入る予備校のうちで、YMCAが経営しているもの以外は選択肢がなくて大学に入るまでの間お世話になったという思い出を語る方がいます。またある世代の方にとっては、子どもが行く夏のキャンプの定番はYMCAが主催するキャンプだということで、地域に親しまれているというイメージを語る方もおられます。あるいは"Y""M""C""A"と西城秀樹が歌うのを思い出す人もいるかもしれません。

 そのYMCA、元々はキリスト教青年同盟、つまりキリスト教の組織です。運動といった方が良いかもしれません。設立は1844年、つまり伊東教会の母体である福音同盟会が成立した1841年の直後、同じようにキリストへの熱い思いを祈りに変える運動が始まったのです。YMCAの精神をよく言い表していると言われるのが「パリ基準」といいまして、そこには「キリストの弟子たらんとする者の集まりこそがYMCAである」という意味のことが書かれています。

 

 キリスト教の精神によって建てられた若い者たちのグループは、当時の日本社会が持っていた閉鎖性に気づき、次々と突破していきます。目立つケースを一つ、目立たないが大事な事例を一つ紹介してみます。

 YMCAの関係団体であるYWCAは、女性の社会的自立を可能にする学校を作りました。私たちの教会の最高齢者で昨年逝去された姉妹が、日本で最初の女性のための夜間学校に入学しました。親の許可なしの入学が制度上認められていました。女性の社会的自立を妨げているものがなんであるかを考え抜いた上で作られた学校でした。現代において私たちに常識であるようなことが、100年近く前に常識ではなかった。そんな事例は山ほどありますが、古い常識を突破するのにキリスト教が大きな貢献をしたこともまた事実です。そのような貢献にキリスト教信仰がどのように関わっているのか、興味深い話題ではありますが、今は少し先を急ぎます。

 目立たないがYMCA自身の、日本YMCA自身の貢献の一つに、YM、つまり「若い人」というのを表現する良い日本語がないことに気づき、「青年」という新しい言葉を見つけたということがあります。「若者」という言葉であればずっと以前から存在していました。しかし「日本キリスト若者同盟」ではイエス・キリストの名前によって集まる若い人の集まりとしてはふさわしくないことに彼ら自身が気付きました。「若者」というのは肉体的な年齢をさすのです。それに対して、キリストによって集められた若い人の集まりを指すyoung menについては、その際の「若さ」は肉体年齢だけを指すわけではない、何かがおかしいと気付き、あるキリスト者が、「青年」という言葉を編み出しました。青雲の志を持った人、それこそが主にあって集まる若者たちの呼び名に相応しい、というわけです。

 ちょっとした違いです。わざわざ違う言葉を編み出さなくてもいいのではないか、何か新しい事態がそれで生まれるわけではない、という反対論もあったに違いありません。しかし青雲の志を持った者たちは、国家や社会のあり方について論じました。若者であれば生意気だとされるような議論を、青年たちは手がけたのです。目の前にあった大きくて古い制度に振り回されるのではなく、今ある古い制度の向こう側に、これからやってくるであろう新しい制度を見越して、ほんのわずかな違い、若者という言葉ではなく青年で行こうと言ったのです。

 

 私たちは、YWCA女子夜間学校を100年近く前に建てたような事業を起こして、激変の時代にふさわしいことを成し遂げようと言い出すのは、流石にあまりに烏滸がましいと考えざるを得ません。社会情勢があまりに違いすぎます。しかし、言葉を一つ発明することで、50年後、100年後の社会の姿を想像し、古い社会のあり方を突破しようとした先人たちの志に学ぶことはできると思います。もちろん学校を作るというのと同じように、言葉を編み出すというのも、古い成功体験に囚われすぎていることになります。私たちが不断に祈り続けることによって、変化の目、流れの綾を見出すことをえさしめてください、と神様に祈り願う必要があるでしょう。(そして申し上げるのも烏滸がましいことですが、私たちはそれに近いことを実際にはいくつか成し遂げているようにも思います。そのうちの最もささやかな事例の一つを週報コラムに掲げておきました。)

 キリストの弟子とされる。かつてマタイ福音書における弟子とは何かということを研究したある人が、「キリストの弟子と書いてキリストに従う者と読む」と言ったそうです。わかる気がします。古いものからの突破ということがあるのなら、キリストについて行ったときに、いつの間にか突破しているということが起こる、ということです。

 

 

 *弟子となる(船から出て)

 今日の聖書箇所は、マタイによる福音書の最後の箇所で、連続講解としては今日で終わりになります。そして福音書の終わりが「すべての人をキリストの弟子にする」という命令によって締め括られていることの意味を考えなければなりません。マタイ福音書は10章で十二弟子の名前を挙げてからしばらくの間、弟子論を展開しました。そして一旦そこから離れたのです。しかし最後の最後に、もう一度弟子とは何かということについて問うのです。実際に、今日の箇所は、いくつもの言葉遣いによって以前に触れた、弟子とは何かについて論じた箇所を思い起こすことができるように仕掛けられています。そこで、思い起こすことが促されている箇所の中から一つ、代表的な箇所を紹介してみたいと思います。それが、湖の上を歩こうとするペトロ、というところです。(マタイ十四章)

 ある日、イエス様はご自分は山に登って祈るからといって、弟子たちだけ先に予定していた地に行くように、と無理に彼らを船に乗せ、湖の向こう岸に渡るようにと出発させてしまいます。そしてご自身は山に登られました。いつも祈りの場所として用いておられた小高い山が、ガリラヤ湖畔の近くにあったようです。

 ところが湖が折りからの悪天候に見舞われました。弟子たちを載せた船は全く進めなくなり、夜明けまで立ち往生しておりました。すると祈り終え山から降りてきたイエス様が、湖の上を歩いて船に近づいてこられた、というのです。何しろ天気は悪く、また心理的にもパニックで、そこに湖の水面上を歩いてイエス様がやっておいでになるのですから、船の中の弟子たちは大騒ぎになります。「幽霊だ」と言って叫び声を上げる弟子まで出てくる始末でした。

 するとイエス様がある程度近くまで寄って来て、おっしゃいます。「心配するな、私だ」。「私がここにいる」とも訳せる言葉によって、弟子たちは一旦落ち着きます。ペトロがそこで、水面を歩いてあなたのところに近づきたいと申し出て、イエス様はそれをお許しになります。許可が出たことを受け、ペトロは数歩、確かに水面を歩いたのですが、そこで自分の置かれている現実に気づき、怖気付いた時点で沈み始めます。イエス様が手を伸ばしてペトロを引き揚げ、こうおっしゃいます。「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」。そして、二人が舟に乗り込むと、風は静まり、舟の中にいた人たちは、「本当に、あなたは神の子です」と言ってイエスを拝んだ。これが話のほぼ全てです。

 

 よくなされる解釈が、この船というのは教会のことを指しているのだろう、という解釈です。イエス様が復活して天に昇られてから、弟子たちが教会を任されます。ところが世間の荒波に揉まれて二進も三進もいかなくなったところでイエス様が近づいてきてくださる。イエス様が近づいてくださることによって、船は安定します。船が安定するというのは、物理的な船が波に左右されずに安定して前に進めるという意味と、その船を漕ぐ者たちの心が安定する、という意味があります。同様に教会も、イエス様が近づいてきてくださることそのものによって安定するといえます。イエス様の弟子であろうとするものは、この事実をよく弁えていなければなりません。

 しかし弟子論としてのマタイ十四章には続きがあるわけです。それは、船を出てイエス様のところに近づこうとする、そして沈んでしまうペトロ、という後半の部分です。これは一体何を意味していることになるのでしょうか。単に弟子の中にもおっちょこちょいの者がいる、というだけの理由ではなさそうです。

 従来なされている解釈はこうです。ペトロはイエス様に近づきたかった。ちょっと向こうから近寄ってくださるだけでは物足りなくて、自分でもっと近づきたかった。そこで、イエス様が湖の上を歩いておられるのだから、自分もできるかもしれない。そう言って、許可を得て、歩き始めた。数歩は歩くことができた。ただ素朴に、「イエス様が歩いておられるのだから、許可を得た自分も歩けるに違いない」と思えている間は数歩歩けた、しかしそこではたと現実に気づいてしまう。それは、「普通人は水の上を歩けないのではないか」「自分にはそんな資格はないのではないか」「それともそういう資格を弟子として選ばれた私はいつの間にか得ていたのだろうか」などと、常識に囚われ、また自分自身に囚われてしまった時に、イエス様が許可してくださったという事実を疑ってしまい、そして沈んでしまった、という解釈です。これはおそらく正しい解釈です。そしてその後にイエス様から、信仰の薄い者よとお叱りを受ける。信仰が薄いというのは、自分に囚われたり社会の常識にとらわれたりするのではなく、ただイエス様だけを見つめなさいというお叱りの言葉です。イエス様は、湖の出ていくことをペトロに許可してくださったのですから、その約束だけを信じて歩み続ければよかったのです。

 

 イエス様がしてくださった約束を疑ってしまうということは、今日の聖書箇所にも出てくる事柄です。「躊躇ってしまう」という翻訳もできる箇所です。弟子であっても、イエス様との関係よりも社会における自分の位置や自分自身への関心を優先させてしまうことがある。そしてイエス様との関係を第一にすることを躊躇って、疑ってしまう。

 今日の箇所において、11人の弟子たちが主を拝んで礼拝をしたときに、何らかの疑いやためらいを挟む者がいた、というのはどういう事実を指すのでしょうか。一体何を疑うということなのか、詳しく聖書は書きません。ただ、この「疑う」というのは「二つに分かれる」という言葉から来ています。日本語でも「二心(ふたごころ、にしん)」と言えば、疑いとか裏切りの感情です。同じように、ここで疑いの心が生じたのは、誰か特定の弟子にだけ現れたということではなくて、弟子たち皆が一方ではイエス様を信頼する心を持ち、他方でイエス様に信頼をおかなくても自分の力で何とかやっていけるのではないかという、迷いの心を持っているということも考えられます。

 「船から出る」というのはかなりの冒険です。なんの備えもなく冒険をして良いわけではありません。しかしペトロはあえてイエス様の言葉以外なんの備えもなく飛び出しました。無謀ですが、備えをしているうちにイエス様との約束、イエス様がかけてくださった言葉を忘れてしまうというよりは、その方が良いのかもしれません。疑っている暇などあるのなら、飛び出してしまった方が良い、というわけです。

 

 *あえて飛び出る

 今回の説教のために改めてマタイ14章を読んでいたときに気が付いた発見があります。それは、ペトロが船を出ることを願った、ということです。これは船が教会をも指すということなわけですから、今まではちょっとした出来事のあやというか、小さな矛盾だと思って目を瞑っていたのです。イエス様に近づきたいあまり教会であるところの船を飛び出したいと考えたペトロはちょっとおっちょこちょいなのだ、と考えていたのです。むしろ船の中の方が安全なのに、というのが今までの私自身の印象でした。

 しかしここで、ペトロが船に止まっているというのでは、話が成り立たないことに今回気づいたのです。船の中で怯えている弟子たちのところにイエス様が乗り込んで、信仰の薄い者たちよと叱責するという話であれば全く別物の話になってしまいます。ですから、ペトロが船からあえて飛び出すということに、実は意味があるのではないか。

 それはちょうど今日の箇所で、行ってすべての民を私の弟子としなさいとイエス様がおっしゃるときに、この「行って」というのは正確に訳すならば、今日の説教題にしたように、「出て行って」というのが正しいというのと似ています。つまり、今日の箇所において、イエス様が弟子たちを「外へ」と送り出すのと同じように、ここでペトロが船からあえて飛び出てしまうというのが重なるというわけです。

 そして100年前に、「心の若さ」を意味する言葉が日本語にないことに気づき、「青年」という言葉を発明したように、ペトロがイエス様と一緒であれば船から飛び出せるのではないかと考えたことを、突発的な気まぐれとして考えるのではなく、次のように考えたことになるのではないかと教えられたのです。それは、イエス様と一緒であれば、自分は船を飛び出すことができる、そしてその後に戻ることもできる。船を出て湖の中へ。そして湖からまた船へ。

 これは、こうも置き換えられるはずです。イエス様と一緒であれば、すべての民を主の弟子とするために教会を出発し、教会の外に現時点ではとどまっているあらゆる民に出会うことができる。そしてそれらの民と一緒にまた教会に戻ってくることができる。今日の箇所とマタイ14章とを重ね合わせて読むのなら、そういうことになります。イエス様と一緒にいる者たちは、今まであった既成の枠組みを乗り越えて、新しいことを志し、実行することができる。

 

 *弟子となる(港から出発して)

 今日の聖書箇所の中で、イエス様は、ガリラヤで会おうという女性たちへの伝言とは別に、弟子たち自身とも何らかの約束をしていたようです。それは、自分たちが再会する時にはこの山だ、というような取り決めです。ガリラヤで山といえばたくさんありますが、その中で、湖にほど近い、小高い山を弟子たちは目指しましたのではないかと思います。そこはイエス様に言われて船を漕ぎ出した時に、イエス様が祈られた、いつもの山です。そしてそこで弟子たちは主に出会うのです。

 ガリラヤの山でイエス様に出会った時に、イエス様は約束をしてくださいました。「私は世の終わりまで、いつもあなた方と共にいる」という約束です。この約束だけをただ信じていれば、もう沈むことはない。そしてこの約束をしてくださった場所を、出発地点とすることができる。

 

 ガリラヤ湖畔の船の話を少し改造して、次のような例えにしたいと思います。私たちは船に乗っています。そしてさまざまなところを船で旅します。そして戻ってくるのがイエス・キリストという名の港だ、という例えです。

 私たちはまず、しっかりと船に乗り込みましょう。船に乗らなければ、出ていくこともできないのです。船に乗らなければ、港から出発することもできないのです。そしてさまざまな人と貿易をし、その成果を手にまた戻って参りましょう。この往復活動が、私たちの一週間で起こるのです。

 

 この往復活動を支え、いつも私たちと共にいてくださる神様。今日の箇所は、神様がご自分の名前を示しておられる場所でもあります。今日の箇所で、「名」というのを複数形ではなく単数形で示しています。つまり、父なる神の名前と、御子イエス・キリストの名前と、聖霊の名前という三つの名前があるのではなく、短く言えば、三位一体というのが神様の名前だ、神様の固有名詞だ、というわけです。かつてモーセに「わたしはある(ヤハウェ)」といってご自分の名前を示されたように、また救い主の名がナザレの主、イエス・キリストというのと同様に、あるいはもっと完全な形で、深めた形で、神様はご自身のことを三位一体の神と名乗られたのです。

 私たちはこのお方に、洗礼の時に出会いました。私たちはご自分の固有の名前を示してくださった神に出会っているのです。そして今から私たちは聖餐に与ります。三位一体の神と出会い、真に主の弟子とされた者が、いつも立ち戻ってよい港がこの食卓です。ここにおられる方が、出発点であり、目的地です。