2021/06/13 三位一体後第二主日 十字架に向き続ける
マタイ説教第134回 27章45~56節
牧師 上田彰
*遠くから見守る
キリスト教は、十字架によって救われることを説く宗教です。
週ごとに、いえ日ごとに「十字架」を心に刻み直すことによって、私たちは救われた者としての歩みが許されます。
特別に重要な箇所であるがゆえに、今日の箇所を2回続けて見てみたいと思います。
今回は、十字架に向き合う、私たちの態度について考えてみたいと願っています。
今日の箇所で私たちが特に学びたいのが、十字架を遠巻きに見守っていた女性たちの姿です。
普通ですと今日の箇所は、エリ、エリ、レマ、サバクタニという十字架上のイエス様の叫びについて取り扱ったり、あるいは「本当にこの人は神の子だった」
という百人隊長の告白について中心的に扱うのではないかと思います。次回はそのようにしたいと考えていますが、それらと並んで小さいけれども重要なのが、55節で婦人たちが「遠くから見守っていた」という一節です。
まず状況を確認します。
ユダの裏切りによってイエス様がこの日の太陽が昇らないうちに捕えられてしまいます。
イエス様がユダヤ人の主流派の人たちに嫌われていたのは間違いありませんから、その弟子たちもその場にいたら捕まえられるところでした。
弟子たちは元々は、一緒に捕まりますと互いに宣言し合っていました。
しかし実際に捕まる場面では、弟子たちは一目散に逃げ出してしまいます。
弟子たちはうまく逃げ出すことができました。
うまく、と言って良いのかどうかわかりません。
周りの人が本気で捕まえれば簡単に捕まえることができたことでしょう。
弟子たちが素早かったから逃げおおせたというよりも、弟子たちがあまりに小物だったから周りの人も本命であり大物であるイエス様だけを捕まえた。それが実態でしょう。
イエス様の一行の中で、イエス様と弟子たち以外にもう一グループ、女性たちのグループがありました。
イエス様たちの身の回りのお世話をする人たちで、イエス様に癒され、また赦された人たち、それから弟子のお母さんなどもその中にいたようです。
彼女たちは、弟子たちよりももっと小物扱いされていて、イエス様が逮捕される現場に残っていたにもかかわらず、捕まえられることはありませんでした。
ごく一部の人を除いては誰も顔と名前が一致しないのです。
あるいは、女性だからという理由で逮捕されなかったのかもしれません。
彼女たちは、のちにこっそり戻ってきたペトロと同様に、あるいはそれ以上に、イエス様が裁判にかけられ、十字架にかけられる様子について見守ることができました。
イエス様が十字架にかかったときのご様子をのちの福音書が記すときに、彼女たちの証言を欠かすことはできません。
そこで、福音書記者マタイがこのときの女性たちが「見守る」様子を書き起こすときに、特別の動詞を使いました。
それが「見守る」と訳せる動詞です。
新約聖書の他の書物ではもっと出てくるのですが、マタイ福音書ではここと28章の1節だけです。
後でご紹介しますが、似た単語が使われている例はあります。
十字架上で何が起こったのか。このことを教会がのちに知るときに、見守った女性たちの証言は欠かせませんでした。
そして、見守るという態度そのものが、信仰的に重要であるというふうに考えるようになったようです。遠巻きに見守る。
あるいは、遠くにいるようでいながら、相手のことに関心を注ぎ続ける。
感染症によって、私たちの間には距離ができるようになりました。しかしそれを「隔て」と受け止めるのではなくて、むしろ相手を思いやるのには少し距離が必要になることがあり、その距離をものともしないような形でお互いのために祈り、愛し合えるようになりたいと願います。
その意味で、今日の婦人たちの、遠巻きに見守るやり方から学ぶものは多いように思います。
*人々の視線
おそらく今日の聖書箇所は、愛を持って遠巻きに眺める女性たちとは別に、近くにいて物事を実際には全く理解していない男性たちをもクローズアップしています。
十字架にかけられたイエス様の周りにいた男性たちというのは、ローマ軍の兵士たちのことです。しかし今日の箇所ではあえて「居合わせた人々」と記されています。
イエス様のごく近くで十字架にかかられる様子を見ていながら、全く十字架の意味と意義を理解しなかった人々がいる、それは兵士たちだけではなくて下手をすると私たちもまた十字架の意味と意義を捉え損なっている兵士たちなのではないか、そう代々の教会は考えてきました。そこで、ある意味で私たちの今の姿でもある、兵士たちの視線に注目してみたいと思います。
主が十字架につかれたことを侮辱するのがローマの兵士たちです。
彼らは茨の冠を被せ、安物のローブを着せて手には葦の棒を持たせました。
王様としての冠と衣装、そして持ち物のそれぞれのパロディーを身に付けさせることで、イエス様を侮辱するのです。
そのようにイエス様を侮辱する彼らの、いえ私たちの心理は一体なんなのでしょうか。
まず一つは、「負け組」に厳しいということがあります。
世の中を「勝ち組」と「負け組」で分けるのは、今に始まったことではありません。
このイエス様がローマを打ち破り地上に御国を打ち立てる指導者になるのではないか、そのように注目し、期待していた人々が、自分たちが考えるやり方では立ち上がってくれないイエス様に見切りをつけ、今度は十字架につけてしまったのです。
どうでもいい人物だから十字架につけたのではありません。
生かしておくと、自分たちの考えとは違う仕方でまた力をつけてしまうかもしれない、面倒くさいから殺しておこう、これがイエス様を十字架にかけようとする者のうちに潜む、政治的な動機です。
今日の箇所を読みますと、そのような政治的動機を鮮明に描き出す言葉が二度使われています。
それは、「この人はエリヤを呼んでいる」
「待て、エリヤが彼を救いにくるかどうか、見ていよう」というのがそれです。
イエス様はこう叫んだのです。
「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」。
「我が神、我が神、なぜ私をお見捨てになるのか」。
イエス様はアラム語という当時普通に使われていた言葉でそう叫んだのです。
詩編の言葉です。
しかしローマの兵士たちがアラム語をどのくらい理解していたのかわかりませんが、この叫びを、預言者エリヤに助けを求める言葉だと理解しました。
兵士たちは、全てのことを政治的に理解しようとする習慣を持っていました。
そして彼らは、こんな状況に陥ったら、誰かの助けを求めるのが普通だという思い込みを持っていたのです。
そしてこのような状況で助けに来ることができるとしたら、昔の預言者であるエリヤぐらいだろう、きっとイエスという男はそういう意味で「エリ」と叫んでいるに違いない。
彼らの思い込みによって、イエス様の叫びは誤解されました。
ローマ本国から植民地イスラエルの首都エルサレムに遣わされている兵士たちは、ずいぶん肩身の狭い思いをしていたようです。いつも後ろ指さされるような存在として街を歩いていました。
だからこそ今日のように、ユダヤ人を合法的に葬ることが出来る時に余計に騒ぎ立てていたのかもしれません。その兵士たちの思い込みが反映する形で、
「イエスという男は昔の預言者に頼るのではないか」と考えたのでしょう。
エリヤが救いに来るかどうか、見ていよう。
この十字架にかかっている男もまた自分たちと同じように弱い人間で、それゆえに助けを求めるに違いない。
その様を見ようではないか。
ところがイエス様は、助けを求めないのです。
彼らが見ることになったイエス様は、助けを求める死刑囚の姿ではなく、助けを求めないまま息を引き取るのです。
*叫びの意味を捉える人々の視線
以前に死刑囚の死刑執行当日の様子をまとめた本を読んだことがあります。
死刑執行人から聞き取って書かれた書物だったと思います。
その中で、死刑に処せられる犯罪者たちの、その日の朝の態度というものが二つに分かれる、というのが印象に残っています。
一方では、反抗まではしないにせよ自分の死を十分には受け止められない者たちがいます。
しかし他方で、自分の死を理解し、納得し、静かに13段の階段を登る者たちがいるというのです。ある人を処刑した執行人は、その犯罪者が悟り切った様子で階段を登ることに、感銘さえ覚えたと記されていました。
ローマの兵士たちは、さまざまな人物の処刑の様子に立ち合い、その人たちの死に様を通じて、その人の真の姿を見抜く機会がおおいにあったのだろうと思います。
兵士たちはいつものように、あるいはいつも以上に騒ぎ立ててイエス様を挑発しました。
しかしイエス様は動揺しないのです。
しかしそれでは、死を恐れていないのかといえば、そうではないようです。兵士たちは、明らかにこの処刑される一人の宗教者が、他の処刑対象とは異なることに気づいていました。
泣き出すか、怒り出すか、絶望のうちに口を開くことなく死んでいくか、そのいずれかであるはずなのに、自分たちの挑発には乗らないのに十字架上で
「我が神、我が神、なぜ私をお見捨てになるのか」と大声で叫ぶのです。
イエス様が絶命をされたときに、ヒラの兵士たちはともかく、格上の、それゆえに多くの人の処刑に立ち会ってきた百人隊長は、こう告白するのです。
「まことに、この人は神の子であった」、と。
このイエスというお方が、自分たちが知っている「政治的な」振る舞いとは全く別の仕方でふるまっていることに気づいた時に、
「この人は神の子であった」
と告白せざるを得ないのです。
普段彼らは、いえ私たちは、こう考えています。
人間の価値は、他者からの評価で決まる。
人間が対立する考えに出くわした時は、力と勢いのある方につく。
真理などというものはあってもなくてもいい。
あえていえば力が正義、それが真理だ。
これが政治的な振る舞い、政治的な考え方ということです。
この世的な振る舞い、世間的な考え方といっても良いでしょう。
そういう形でイエス様が十字架にかかった時、最も間近にいた者たちはイエス様のことを捉えようと考えたのです。
しかし、「我が神、我が神」と死の間際に叫ぶお方を目の当たりにして、兵士たちが二手に分かれました。
一方で、イエス様の死を政治的に捉え、勢力争いに負けた者が、革命に失敗した者が十字架につくという風に考え、動揺しなかった者たち。
もう片方にいたのが、百人隊長を含む、十字架の主に出会って目覚めた者たちです。
彼らは、宗教的真理に目覚めたと言っても過言ではないかもしれません。
宗教的心理とは、人はあの人がこうした、この人がああしたといって見た目の政治的状況に振り回されることがあるけれども、真の宗教者はそのような政治的状況に振り回されることはない。
挑発にも一切応じないで十字架につく。
ある意味では死をも恐れない。
しかし唯一恐れ、唯一眼差しを向けるお方がいる。それが父なる神なのだ。
イエス様が十字架上でなさる振る舞い、お言葉に、文字通り一挙手一投足に注目し続けた百人隊長は、初めて目覚めるのです。
このお方が、人間を見るのではなく、神様を見ている、ということに。
この、イエス様が何を見ているのか、つまり、十字架に向き続けるというのは一方にローマの兵士たちの十字架への視線があり、他方にこれから扱いますが女性たちの十字架に向けられた視線があるのですが、実はもう一つ、十字架にかかられたお方自身の視線というものが重要であることに気づかされます。私たちは、どちらにしても十字架にかかられたイエス様にいつも思いを向け続けなければなりませんが、その際に、その十字架にかかられたお方がどこを向いていたのかということについても考える必要があるように思います。
*女性たちの視線
イエス様の十字架上の様子をのちの教会に伝えたのは、百人隊長たちではなく、女性たちです。
百人隊長がイエス様のことを「神の子」と告白したにもかかわらず、のちの教会に加わることはありませんでした。目覚めたにも関わらず、目覚め続けることはなかったのです。
キリスト教は、目覚めの宗教、悟りの宗教ではなく、見守るような仕方で信じる宗教として出発します。
その出発点に立っているのが女性たちです。
彼女たちは、女性だからといって大目に見られていたのでしょうか、イエス様が捕えられた現場から逃げ出すことはありませんでした。そしてイエス様が十字架につく様の一部始終を目撃することになり、のちの教会の模範となりました。
*私たちを取り囲む現状を、遠巻きに見守る
私たちの街にはいくつかの教会があり、友好な協力関係を築いています。年に何回か牧師司祭会という会を開き、また諸教会にも呼びかけて一致祈祷会、世界祈祷日の礼拝を持っています。
またそのような行事をやっているから仲が良いというような話にとどまらず、実にそこで学ぶことも多いのです。
伊東の地に牧師として遣わされた最初の年の会の際、ローマ・カトリック教会の司祭が次のようにおっしゃったのです。
「教会でよく高齢化を嘆く声を聞きます。
でもその度に思うのです。高齢化っていけないことなんですか。
確かに乗り越えなければならない課題がそこにあるのは確かです。
しかし高齢化そのものは恵みなんですよ」。
考えさせられました。
私たちは、いえ私は、教会において高齢化とか教勢の減少とか経済の右肩下がりという統計的事実に右往左往させられています。
振り回されていると言っても良いでしょう。
しかし私たちは、この現実を遠巻きに眺めるような視点を持つ必要があるのです。
おそらくその司祭が語っていることはこうです。
高齢化というのは人の問題であるが、教会は人によって成り立っているのではなく、人に信仰を与えてくださる神様によって成り立っている。
だから高齢化そのものを恐れる必要はない、ということです。
実に基本的なことしか言っていないのです。
しかし私たちは、いえ私は、現実に振り回される時に基本的なことを忘れていることに気づきました。
教会が人間の盛り上がりや運動によって成り立つのでないとしたら、一体どうやって成り立つのだろう。
それは聖書によるのではないか。
聖書を読むことによって教会は教会になっていくのではないか。
司祭から発せられた言葉を考えていくうちに、気づけば一冊の本を手に取っていました。
『霊操』といいまして、ローマ・カトリック教会の修道会の一つであるイエズス会の創設者の本でした。体が柔軟体操によって本来の機能を回復するのと同じように、信仰にもまた柔軟体操が必要だ、これが「霊操」、つまりスピリチュアル・エクササイズの意味です。
その本は霊操の実践の仕方について書かれている本なのですが、具体的には、キリストの十字架について思いを巡らし、そのことを通じて信仰の柔軟体操を行うという趣旨です。
ここからヒントを得て聖書黙想への取り組みが始まったのです。
そのことについては何度かまとまった講演をしておりますので、今回は詳しくは触れません。ただ、聖書黙想の究極的な目標は何か、ということについて、カトリックの「霊操」とプロテスタントの「聖書黙想」には共通の聖句で繋がっている、と考えています。それはマタイ福音書の山上の説教にある、次のような一節です。
心の清い人々は、幸いである、/その人たちは神を見る。(5:8)
ここに出てくる「神を見る」というのは、今日の「遠巻きに見守る」というのと重なり合う言葉であることはいうまでもありません。
*神を見る生活
この「神を見る」というのが目標であるということについて、以前、鎌倉にある「黙想の家」を近隣の牧師たちとともに訪れて話を伺ったときに、その施設で長く「霊操」に基づいて黙想の指導をしているスペイン人の司祭が教えてくださいました。
自分たちイエズス会は、「観想」という名前で、「神を見る」ということを求める修道会なのだと説明をしてくれたのです。
その席上で、『霊操』を読んでいく中で印象的であった言葉について尋ねることにしました。
それはこういう言葉です。
「まず第一に、心の完全な貧しさに受け入れられるように。また主なる神が私を選び受け入れることをあなたが望むなら、本当の貧しさもまたあなたを受け入れてくれるので、それによって受け入れられるように」。
貧しさが、私を受け入れてくれるようにと願え、というのです。
本を読んだ時から、これは不思議な表現だと思いました。逆ならわかります。
私が貧しさを受け入れることが出来るように、と願うことはまだ想像が出来ます。
しかし貧しさが私を受け入れてくれるように、とはどういうことなのでしょうか。
そこで、近隣の三つの教会の四人の教職で鎌倉に参りまして、黙想の家に於いて信仰的な指導に当たっているシルゴ神父とおっしゃる方にお会いした時に、この『霊操』を読んだときに感じた疑問点を直接聞いてみることにしました。
「貧しさによって受け入れられるように、とはどういうことなのでしょうか。これは、まるで私たちが神様によって受け入れられるように、というような意味で書かれているではないですか。もしかして、貧しさによって受け入れられるように、とは神様によって受け入れられるように、という意味なのでしょうか。」重ねて私は尋ねます。「もしそうなら、イエス様が貧しい者としてこの地上に来て下さったということと関係しているのでしょうか。第二コリント八章とか、フィリピ書簡の二章が関係しているのでしょうか。」このスペイン人の神父は、ほぼ即座に、「おそらくそうだと思います」、と答えました。第二コリント八章とは、次のような箇所です。
「主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです。」
フィリピ書二章というのは次のような箇所です。
「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。」
私ども福音主義教会、つまりプロテスタント教会とローマ教会、彼らが自分自身でカトリック教会と呼んでいるところの教会とは、未だにいろいろな違いも多くあります。
すべての点において共同歩調が取れているという訳ではありません。
にもかかわらず、貧しさによって受け入れられるようにというイグナティウス・ロヨラの言葉を、それぞれが暗誦している聖書箇所を用いて共通の理解に到達できたとき、ああ今日は来て良かったな、ああこの地上において福音主義教会とローマ教会は別々の道を歩んでいるけれども、同じ信仰を持っているんだな、と思うことが出来ました。
「観想」、つまり「神様を見る」ということについて大事にするカトリックのある修道会が、
「貧しさに受け入れられるように」
もっとはっきりいえば
「貧しくなった神様に受け入れられなさい」
と言い伝えてきたことに、私たちの福音主義教会、プロテスタント教会もまた目を向けなければならないと思いました。
私たちの聖書黙想もまた聖書を通じて神様を見る仕方に向かう必要があるのだと思います。
それ以上に、私たちの生活が、現実に振り回されるばかりでなく、神様を見るような仕方で神様を深く愛し、神様を深く信じるような生き方が出来る。神様を見守るような仕方を学ぶことで、私たちの生活もまた豊かにされるのです。